第1回、第2回とクワカブブリードにおける「血統」について考察してきました。
最終回となる今回はより具体的にヘラクレスの大型血統を例にあげて「血統」について考えてみたいと思います。
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結局のところ「大型血統」とは何なのか
これまに色々と書いてき来ましたが、第1回の冒頭で「血統」とはある形質について同じ表現型を示す個体群の事であると書きました。
つまり「大型血統」とは「大きさ」という形質に関して「大きい」表現型を一様に示す個体群の事となります。
他の考え方や視点ももちろんあるかと思うのですが、クワカブ界で使われている「血統」という言葉の意味は上記した通りだと私は考えております。
大型の個体は「大型血統」?
170mmの♂ヘラクレスがいたとします。
この個体は「大型血統」の個体でしょうか。
⇒回答としては「わからない」
が正解になると考えられます。大型の個体ではありそうですが、「大型血統」かどうかはわからないです。
140mmの♂ヘラクレスがいたとします。
この個体は「大型血統」の個体でしょうか。
⇒同じく回答は「わからない」
が正解でしょう。
ここで言いたい事は、その個体のサイズを見ただけでは「大型血統」かどうかという判断はできないという事です。
サイズが大きい♂でも血統としては「大型血統」ではない可能性もありますし、サイズの小さいオスが「大型血統」の個体という事も十分にあり得ると考えられます。
どういう事なのか整理していきます。
その個体を自殖した時の分離を統計的に考察する
「大型血統」であるという事は、その「血統」の個体を自殖(インブリード)した時に得られた次世代において大型個体の割合が多くなるという事です。
これが、「大きさ」という形質に関して「大きい」表現型を一様に示す個体群である事になります。
そこで気になるのが「割合」です。
第2回記事で書きましたが、「大きさ」は「量的形質」ですので「大きい」という基準がありません。
ある人から見れば「大きく」ある人から見れば「大きいとは言えない」という判断になる可能性を含んでいる形質なんですね。
また、複数の遺伝子効果の総和によってその表現型が決まってきますのでメンデルの法則にように単純に3:1には分離しません。
そこで統計的に分離を考察するという事が重要になると考えられます。
次世代で得られた個体群の分布を見る
例として、下記のヘラクレスから次世代のヘラクレスを得たとします。
♂:170mm
♀:70mm
種親は恐らく多くの方が「大型」であると認めるサイズでしょう。
ここから50頭の♂が羽化してきた場合を考えます。
恐らくですが、140mm~170mm程度の間で分布してくる事が予想されます。
この分布がどなるのかが大切ですよね。
50頭全てのオスが160mm~170mmの間に分布するようであれば凄い「大型血統」だと思います。
しかしそのような事はなかなか起こらないのではないかと思います。
それは「大きさ」が量的形質であり、複数の遺伝子によって制御されているためです。
ここでとても重要なポイント
「大型血統」という言葉には明確な定義は存在していない。
複数のQTLにある遺伝子も個々にはメンデルの法則に従う
複数の遺伝子によって制御されている量的形質においても、その個々の遺伝子についてはメンデルの法則に従って分離していきます。
例えば、大型化する遺伝子が3つだったとしてそのそれぞれをA,B,Cとした場合を考えてみます。
種親♂:Aa,BB,cc
種親♀:Aa,BB,CC
このように遺伝子を持っていた場合に子世代では下記のように対立遺伝子が分離してきます。
AA:Aa:aa = 1:2:1
BB:Bb:bb = 1:0:0
CC:Cc:cc = 0:1:0
つまり次世代ではB,Cの遺伝子は優性の方の形質のみを発現する個体が生まれてきます。
このようにひとつひとつのQTLおよび内包する対立遺伝子に注目すればその分離はメンデルの法則に従うんですね。
ここで考えらえる事がいくつかありますので、少し考察してみます。
優性か劣性かどちらが大型化になるかわからない
大型化する表現型が全て優性とは限らないというのが一つ目のポイントかなと思います。
先の例で言えば、ccのホモであった場合に大型化の表現型になるという可能性もおおいにあるという事ですね。
劣性ホモであった場合に発現するとなった場合には次世代でその個体を出せる確立はぐっと下がるわけです。
逆に優性の表現型が必要な場合には次世代でその表現型をキープする事はそれほど難しくはなさそうですね。
狙った表現型を持った個体群を作出する
ここまでつらつらと書いてきましたが、纏めに入っていこうと思います。
大型血統というテーマであれやこれやと考えてきたわけですが、DNA抽出が行えない状況において、表現型をDNAレベルで明確に固定するというのは難しそうです。
DNAマーカーを使ったQTL解析についてもDNA抽出する事が大前提になりますからね、こちらも個人規模で調査するには費用が掛かり過ぎますね。
つまり、明確な根拠を持って大型血統を固定するというのは限りなく不可能に近いと考えます。
では何を根拠に大型血統を作出していくか。
ずばり、統計的に見てある一定の確率を超える数値を出す事ではないかと思います。
大型血統ですと言うからにはそれなりの根拠を示す必要があると思うのですが、現状そのようなデータはあまり公開されていないような気がします。論文とみたいなものが存在しているのであれば知りたいなと思うのですが、今の所見つけられていないです。
また、DNAの組み換えや導入などもコスト、技術的に難しいため、大型血統の作出はやはり育種に近い方法で行うしかない事も明白ですね。
大きい個体に大きい個体を掛け合わせて、その表現型を強くしていく方法ですね。
爬虫類のヒョウモントカゲモドキなんかでもその方法を使って色の濃い個体を作ったりしています。
この方法を繰り返しながら一定数の個体を調査分析して、統計的な根拠を示すことで「大型血統」というものが作出できると考えます。
ただ、これまでに書いていますがこの方法は非常に難しい点もありますね。それは量的形質に依存している事が大きな要因ですが、とにかく表現型を固定するのが大変なんですね。
特に劣性の表現型の方が大型化に貢献するようなパターンがあると、遺伝子型を固定するまでに数世代回す必要があったりしますので時間がかかります。しかもDNAレベルで確認できないので明確に固定できたという自信が持てないのも難点ですね。
私はまだまだ未熟者ですが、このような事を意識して「大型血統」の作出を目指していきたいなあ、なんて思ったりしています。